
先日、Yahoo!ニュースに掲載された歯科矯正治療に関する記事を読み、矯正歯科医として非常に残念な気持ちになりました。
こちらがその記事です。
https://news.yahoo.co.jp/articles/17005fa1de030a22a4e53d58a809419bdd779778?page=1
記事では、約110万円を支払い、3年間にわたって矯正治療を受けたにもかかわらず、歯並びや噛み合わせが悪化してしまった患者さんの事例が紹介されていました。
最終的には別の歯科医院で再治療を受けることになり、追加で約400万円もの治療費が必要になると説明されたそうです。
もちろん、記事に掲載された情報だけで、実際にどのような診断や治療が行われていたのか、すべてを判断することはできません。
しかし、この記事を読んで、現在の矯正歯科医療が抱えている問題について、改めて考えさせられました。
■ マウスピース矯正は決して悪い治療方法ではありません
まず、私が強くお伝えしたいことがあります。
マウスピース矯正(アライナー矯正)そのものが悪いわけではありません。
アライナー矯正は、適切な診断と治療計画のもとで使用すれば、非常に優れた治療方法です。
目立ちにくく、取り外しが可能で、患者さんの日常生活への負担を軽減できるという大きなメリットがあります。
私自身も、アライナー矯正の可能性を高く評価しており、日々の診療で積極的に活用しています。
だからこそ、不適切な治療によって「マウスピース矯正は治らない」「マウスピース矯正は危険だ」という印象が広がってしまうことが、非常に残念でなりません。
問題は装置ではありません。
その装置を扱う歯科医師が、矯正治療についてどれだけの知識と技術を持ち、適切な診断と治療計画を立案できるかということです。
■ コンピューターが歯を並べてくれるから、誰でも矯正治療ができる?
アライナー矯正では、専用のソフトウェアを使用し、コンピューター上で歯の移動をシミュレーションします。
画面上では、乱れた歯並びがきれいに整っていく様子を見ることができます。
しかし、ここに大きな落とし穴があります。
画面上で歯が動くことと、実際に患者さんの歯がそのように動くことは、全く別の話です。
歯は顎の骨の中に存在しており、歯根や歯周組織の状態によって動かせる範囲には限界があります。
無理な移動を計画すれば、歯肉退縮や歯根吸収、歯槽骨からの逸脱など、重大な問題につながる可能性があります。
また、歯並びがきれいに見えても、上下の歯が適切に噛み合っていなければ、矯正治療が成功したとはいえません。
今回の記事でも、昭和医科大学歯科病院の槇宏太郎病院長が、シミュレーションの妥当性を判断し、イレギュラーな状況に対応する歯科医師の技量が必要であると指摘されています。
まさに、そのとおりだと思います。
矯正治療には、歯の移動に関する専門知識だけでなく、骨格、歯周組織、咬合、成長発育などに対する深い理解が求められます。
そして、治療が計画どおりに進まなかった場合には、その原因を分析し、適切に修正する能力も必要です。
アライナーを発注できることと、アライナーで適切な矯正治療ができることは、全く違うのです。
■ 「格安」「無料モニター」「天才歯科医」という広告に思うこと
今回の記事では、SNSなどにあふれる歯科広告についても問題提起されていました。
「格安マウスピース矯正」
「無料モニター募集」
「短期間で理想の歯並びに」
さらには、自らを「天才歯科医」と称するような宣伝まで見受けられます。
私は、こうした広告を見るたびに疑問を感じています。
もちろん、価格を抑える努力や無料モニター制度そのものが悪いわけではありません。
しかし、矯正治療は、価格の安さや華やかな宣伝だけで選ぶべき医療なのでしょうか。
また、アライナーメーカーへの発注数や、メーカーから授与されたランクを大々的に宣伝する医院もあります。
確かに、発注数が多いことは、それだけ多くの症例に関わっている可能性を示す一つの指標ではあります。
しかし、発注数が多いことと、治療成績が優れていることは同義ではありません。
100件発注したからといって、100人の患者さんが良好な噛み合わせを獲得できたとは限りません。
治療開始前と治療終了後の写真についても同様です。
正面から見た歯並びがきれいになっていても、奥歯が適切に噛み合っていなかったり、歯根や歯周組織に問題が生じていたりする可能性があります。
矯正歯科医として本当に評価されるべきなのは、装置を何個発注したかではなく、どのような診断を行い、どのような治療計画を立て、どのような治療結果を得られたのかということではないでしょうか。
華やかな広告や肩書きよりも、医療者としての知識、技術、そして患者さんに対する誠実な姿勢が重要だと私は考えています。
■ 矯正治療は、歯を並べるだけの医療ではありません
今回の記事で、私が特に気になったのは、治療後に歯根が短くなっていると指摘された患者さんの事例です。
歯根吸収は、適切に治療を行っていても起こり得る矯正治療のリスクの一つです。
しかし、だからこそ治療前の検査や治療中の経過観察が重要になります。
また、記事では抜歯の必要性についても触れられていました。
ここで誤解していただきたくないのは、抜歯をすれば必ず良い治療になるわけでも、非抜歯治療が必ず悪いわけでもないということです。
私自身、可能な限り歯を残す治療を大切にしています。
しかし、それは何が何でも抜歯を避けるという意味ではありません。
歯列の大きさ、骨格、歯槽骨の状態、口元の突出感、噛み合わせなどを総合的に評価し、患者さんにとって適切な治療方法を選択することが重要です。
抜歯か非抜歯か、ワイヤーかアライナーか。装置や方法を先に決めるのではなく、診断と治療目標が先にあるべきなのです。
■ 患者さんには、歯科医師の「専門性」を見ていただきたい
矯正治療は、数か月から数年という長い期間を必要とします。
そして、一度失われた歯槽骨や大きく吸収した歯根を、元どおりに回復させることは容易ではありません。
だからこそ、医院選びは慎重に行っていただきたいと思っています。
矯正治療についてどのような教育を受けてきた歯科医師なのか。
治療前に必要な検査を行っているのか。
治療のゴールやリスクについて、十分な説明があるのか。
そして、治療が予定どおりに進まなかった場合、どのように対応してくれるのか。
こうした点を、ぜひ確認していただきたいと思います。
当院では、セファログラムやCBCTなどの画像情報を活用し、歯並びだけでなく、骨格や歯根、歯周組織の状態も評価したうえで治療計画を立案しています。
また、アライナー矯正だけにこだわることなく、必要に応じてワイヤー矯正やアンカースクリューなどを併用し、より良い治療結果を目指しています。
大切なのは、装置に患者さんを合わせることではありません。
患者さんにとって最適な治療を実現するために、装置を選択することです。
■ 最後に。そして次回のブログについて
私は、アライナー矯正という治療方法が、これからも正しく発展していくことを心から願っています。
そのためには、私たち歯科医師自身が専門知識と技術を磨き続け、治療結果に責任を持つ姿勢が不可欠です。
広告の華やかさや価格競争ではなく、医療の質で評価される矯正歯科であってほしいと思います。
実は先日、奈良県内で複数の医院を展開する歯科医院において、マウスピース矯正を受けられた患者さんが、当院へ初診相談に来られました。
その患者さんのこれまでの治療経過や現在の口腔内の状態を確認し、矯正治療における診断と治療計画の重要性を改めて痛感しました。
次回のブログでは、患者さんのプライバシーに十分配慮したうえで、この事例についてお話ししたいと思います。
特定の医院を非難するためではありません。
これから矯正治療を受けようと考えている方に、同じような思いをしていただきたくないからです。
矯正治療の質を決めるのは、装置のメーカーでも、発注数でも、広告の言葉でもありません。
最も大切なのは、正しい診断、適切な治療計画、明確な治療目標、そしてそれを実現する歯科医師の専門性です。
これからも、患者さん一人ひとりに真摯に向き合い、安心して治療を任せていただける矯正歯科医でありたいと思います。












